保護者・卒業生の声

Nさん(2017年度卒業生の保護者)

不登校と闘病の中で高校受験の時期を迎えた為、迷わず通信制高校を選んだものの、いざ調べだすと選択肢の多さに驚きました。
“ひとりひとりに合った”などという言葉は、多くの学校のパンフレットやHPで見かけますが、最初に入学した所は生徒数が多く、描いていたイメージとは違いました。
そこで転校を決め、いくつかの学校に子供と足を運び決めたのが岐阜開成学院です。

少人数制で、オーダーメイドのように、真の“ひとりひとりに合った”サポート体制だったからです。
本人の心と体の調子に合わせてもらえたのはもちろんのこと、医師からの指示にも協力してもらえ、子供の声、保護者としての声にも誠実に耳を傾けてくれました。

とりわけ愚痴や子供への文句までさらけ出せたのは大きかったです。

不登校の子供と過ごす時間は母子の密室になりがちで、母親ひとりで向き合っていては必ず無理が来ます。 温かく見守ることが大切と頭でわかっていても、来る日も来る日もとなるとストレスもたまり、時には大ゲンカもしました。

また、子供のちょっとした変化は良い場合も悪い場合も学校に知らせようと思いました。
そんな一切合切を話せ、一緒に考えてもらえたことが嬉しく何より心強かったです。

親が学校に何かを伝えようとした時、あらたまった言葉で、ある程度考えをまとめてからでないといけないと思いついためらってしまいます。そしてそんなことを思っているうちに伝えるタイミングを逃してしまうことがあります。

岐阜開成学院の先生方は、まだ考えもまとまらない段階のとりとめもない話でも、こちらが口にさえすれば、耳を傾けてくれます。
また、先生からは、家での姿だけでは気付けなかった子供の良さをいくつも教えられました。

子供の将来を案じ不安感に襲われた時も、そうした先生方の言葉や子供を信じる姿に、気を取り直して辛抱強く見守ることが出来ました。

ふりかえれば、母と子供の二点を結ぶ一本線から、岐阜開成学院に転校したことで、学校という点も加わり三角形になれたと思います。

チームになって不登校の時期を乗り越えられたことは、順調な学校生活であったなら得ることの出来ない大きな財産となっています。

Fさん(2015年度卒業)

私は11歳から引きこもっていました。
中学にも行かず、高校にも通っていない。
まして外出もままならない。
このままではダメだ、変わらなければと思い、いろいろ不安はありましたが、ひとり暮らしと高校進学を新しい土地で始めることにしました。

見学した岐阜開成学院で運命的な出会いがありました。
そこは学校らしくない落ち着いた空間で、先生らしくない面白い大人がいました。
気づけば初対面なのにどんどん話していました。
ずっと他人に心を閉ざしていた自分だったのに…。
迷わず入学を決めました。

こうして私は18歳で高校1年生になりました。
それから3年間、私は岐阜開成学院で勉強だけでなく、人生の道は多様なものであるということ、好きな仕事をして生きることの大切さを教わりました。
そして何より、笑うこと、楽しんで何かに取り組むことの素晴らしさを教わりました。

「学校という雰囲気」が苦手だった私には、家のリビングにいるような安心した気持ちで、勉強の合間に他愛もないことや社会のこと、人生のことなどじっくり沢山話せたことが財産になっています。
今思えばそれも立派な授業だったんですね。

アルバイトもできるようになりました。履歴書の書き方からすべて教えてもらいました。
最初は失敗したけどアドバイスを貰いながら仕事を探して、何箇所目かで自信を持って仕事ができるようになりました。

「どうせ私なんか」が口癖で、いつも自己否定ばかりだった私を先生たちは愛のある沢山の言葉で何度も励ましてくれました。

現在は医療系国家資格目指し専門学校で勉強中です。勉強や実習はとてもハードですが、岐阜開成学院で身に付けたものを生かして乗り切っています。
たまに教室に相談しに行くこともあるんですよ。

就職も無事決まり春からは社会人です。
いま悩んでいる多くの人たちにも、私のようにいっぱいお話していっぱい笑っているうちに自分がいい方向に変化している・・・そんな体験をしてほしいなと思っています。

現在彼女は歯科衛生士として活躍しています。

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