卒業生の実例

本校の卒業生・在校生が
入学前にどんな状況だったのか、
実例の一部を挙げてみました。
あなたに当てはまるものはありますか?

実例(一部)

  • いま所属している学校との間にミスマッチを感じていた
  • 起立性障害のため朝起きることが難しかった
  • 自分の個性を考慮してくれる学校をさがしていた
  • 精神年齢が高く同級生と合わなかった
  • 学力が高く、マイペースで学べないのが不満だった
  • さまざまな理由で授業を受けるのが苦痛だった
  • 同級生/先生/家族との間で何らかトラブルがあった
  • 理不尽な理由で学校とトラブルになっていた
  • 自分の年令が気にならない学校をさがしていた
  • 学校らしくない学校をさがしていた
  • 落ち着いてしっかり学べる場所をさがしていた
  • 目標を応援してくれる学校を探していた
  • 甘やかさず面倒を見てくれる学校を探していた
  • 目先の利益ではなく、生徒本人の幸福を追求する進路指導を求めていた

岐阜開成学院の卒業生・在校生たちはみな、いっぱい笑っていっぱい泣いて、自分のペースで試行錯誤しながらそれぞれ自分なりに成長して笑顔で卒業していきました。見学時とは別人のようによく話すようになったり、持ち前の明るさを取り戻した人も少なくありません。

何人かの先輩たちが教室に出入りしてくれています。みな気さくに声をかけてくれます。スクーリングの引率をしてくれることもあります。そんな時、先輩の入学時の話も聞いてみてください。みな最初からうまく行っていたわけではありません。同じような道を通ってきた仲間や先輩は、きっとあなたの頼もしい味方や道しるべにになってくれるでしょう。

あなたも岐阜開成学院を居場所とし、自分を見つめ、さまざまな人と関わりながら、かけがえのないスクールライフを送ってみませんか。

保護者・卒業生の声

Tさん(2020年度卒業生・R大学)

いろいろあって転校を考えたとき、見学した2つの学校で迷っていました。親は有名なところを勧めましたが僕は居心地がいいと感じた岐阜開成学院を選びました。こどもの頃から大事なことは自分で決めることはなく、大人の言いなりでした。ここから変わろうと思い僕は次の高校を自分で選びました。

僕にとって岐阜開成学院は自分と向き合える場所でした。教室では山本さんと話す時間が大切な授業であり大きな楽しみでした。中でもお茶の間スペースでの雑談は僕にとって自分を見つめなおす貴重な時間でした。勉強の合間に時にみんなで、時に1対1で自分が思っていたことやぼんやりした進路のことなど、思うまま話して何気ない感想をもらう中で自分がやりたいことが少しづつ見えてきました。

いつでも山本さんと話すことができ、その時々の思いや感情を伝えることができるのはストレス解消にもなりました。また進路に対して自分の答えが出るまでじっくり一緒に考えてもくれました。山本さんとの雑談はくだらない話や共通の趣味のスポーツの話、そして男同士(!)の話がほとんどでしたが、たまに深い話で惹きつけられることもありとにかく楽しい時間でした。そして自分の将来のことを真剣に考える事ができるようになるための時間でもありました。そしてこのような心の話ができる時間は単なる会話ではなく対話というのだということも知りました。

いま僕は、困っているひと、悲しみの中にあるひと、心が弱っているひと、そんなひとと対話し癒やすことが出来るひとになるために大学で学んでいます。入試前、山本さんの厳しい指導があったから今があります。本当のやさしさとはやさしい言葉の中にのみあるものではなく、相手への思いを伝える強さも必要であることも知りました。

山本さんは見た目ほど怖くないですし、対話のある場所は世の中に、ましてや学校ではそんなに多くないと思います。僕はたまに岐阜開成学院に帰ってきます。皆さんと会えるのを楽しみにしています。

Nさん(2017年度卒業生の保護者)

不登校と闘病の中で高校受験の時期を迎えた為、迷わず通信制高校への進学を選んだものの、いざ調べだすと選択肢の多さに驚きました。
“ひとりひとりに合った”などという言葉は、多くの学校のパンフレットやHPで見かけますが、最初に入学した通信制高校は生徒数が多く勉強に集中できる環境とは言い難く、説明を受けて思い描いていたイメージとは大きく違いました。
そこで転校を決め、岐阜市周辺のいくつかの学校に子供と足を運び決めたのが岐阜開成学院です。

岐阜開成学院に決めたのは、少人数制で、オーダーメイドのように、真の“ひとりひとりに合った”サポート体制が実現している学校であると感じたからです。
本人の心と体の調子に合わせてもらえたのはもちろんのこと、医師からの指示にも協力してもらえ、子供の声、保護者としての声にも誠実に耳を傾けてくれました。

とりわけ母親である私の愚痴や子供への文句まで山本先生にさらけ出せたのは大きかったです。
不登校の子供と過ごす時間は母子の密室になりがちで、母親ひとりで向き合っていては必ず無理が来ます。 「温かく見守ることが大切」と頭でわかっていても、来る日も来る日も…となるとストレスもたまり、時に大ゲンカとなることもしばしばありました。そんなとき先生に話を聞いてもらうと楽になり、また愛情を持って子供に接し直すことが出来ました。

また、子供のちょっとした変化は良い場合も悪い場合も学校に知らせようと思いました。
そんな一切合切を先生に話せ、一緒に考えてもらえたことが嬉しく何より心強かったです。

親が学校に何かを伝えようとした時、あらたまった言葉で、ある程度考えをまとめてからでないといけないと思いついためらってしまいます。そしてそんなことを思っているうちに伝えるタイミングを逃してしまうことがあります。

山本先生をはじめ岐阜開成学院の先生方は、まだ考えもまとまらない段階のとりとめもない話でも、こちらが口にさえすれば、耳を傾けてくれます。
また、先生からは、家での姿だけでは気付けなかった子供の良さをいくつも教えてもらいました。

子供の将来を案じ不安感に襲われた時も、そうした先生方の言葉や子供を信じる姿に、気を取り直して辛抱強く見守ることが出来ました。

ふりかえれば、母と子供の二点を結ぶ一本線から、岐阜開成学院に転校したことで、学校という点も加わり三角形になれたと思います。

岐阜開成学院でチームになって不登校の時期を乗り越えられたことは、順調な学校生活であったなら得ることの出来ない大きな大きな財産となっています。

Fさん(2015年度卒業)

私は11歳から引きこもっていました。
中学にも行かず、高校にも通っていない。
外出だってままならない。
このままではダメだ、変わらなければと思い、
いろいろ不安はありましたが、
ひとり暮らしと高校進学を新しい土地で始めることにしました。

ネットで見つけて見学に行った岐阜開成学院で運命的な出会いがありました。
そこは学校らしくない落ち着いた空間で、先生らしくない面白い大人がいました。
気づけば初対面なのにどんどん話していました。
ずっと他人に心を閉ざしていた自分だったのに…。
ここに通いたい、と迷わず入学を決めました。

こうして私は18歳で高校1年生になりました。
いままで引きこもっていたので最初はなかなかペースを掴むことが出来ませんでした。
1年目は休むことも少なくありませんでしたが、先生たちはいつもあたたかく迎えてくれました。
少しづつ登校日数も増え、勉強にも身が入るようになりました。

卒業までの3年間、私は岐阜開成学院で勉強だけでなく、人生の道は多様なものであるということ、好きな仕事をして生きることの大切さを教わりました。そして何より、笑うこと、楽しんで何かに取り組むことの素晴らしさと大切さを教わりました。

「学校という雰囲気」が苦手だった私には、家のリビングにいるような安心した気持ちで、勉強の合間に他愛もないことや社会のこと、人生のことなどじっくり沢山話せたことが財産になっています。
今思えばそれも立派な授業だったと思います。

アルバイトもできるようになりました。履歴書の書き方からすべて教えてもらいました。最初は失敗して大泣きしたりしたけど、アドバイスを貰いながら仕事を探し、何箇所目かで自信を持って仕事ができる場所を見つけることが出来ました。

「どうせ私なんか」が口癖で、いつも自己否定ばかりだった私を先生たちは愛のある沢山の言葉で何度も励ましてくれました。そして変に完璧主義だった私をいい意味でいい加減にしてくれました。心がどんどん楽になっていくのを感じました。

現在は歯科衛生士を目指し専門学校で勉強中です。勉強や実習はとてもハードですが、岐阜開成学院で身に付けたものを生かして乗り切っています。 たまに教室に相談しに行くこともあるんですよ。

就職も無事決まり春からは社会人です。
いま悩んでいる多くの人たちにも、私のようにいっぱい話していっぱい笑っているうちに自分がいい方向に変化している・・・そんな体験をしてほしいなと思っています。

現在彼女は専門学校を優秀な成績で卒業し歯科衛生士として活躍しています。

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